最近文春文庫で復刻された本作、自分は教養文庫版を持っているのでスルーしようかと思っていたんですけど、本屋で見たら思いの他ブ厚いので頁を捲ってみたところ、「妖怪学入門」とかいうのが加わっているし、これは買わなければいけません、ということで即買いしました。
ジャケは教養文庫版と同じ渡辺東(父親はあの渡辺啓助!)の手になるイラスト乍ら、繪柄は異なります。中の卷ごとの見開きに添えられた挿画は同じですね。
第二巻の生物の、犬の項目では「犬の替玉トリック」や、第四卷の事物における手紙では「宛名のない手紙」「差出人不明の手紙」「手紙が發端になるミステリー」と、目次を見ているだけでもワクワクしてしまいますよ。
本作の場合、目次の前に「まえがき対談」と題して、北村薫と宮部みゆきのトークが掲載されています。ちょっと驚いたのは教養文庫版が意外と賣れていたことでありまして、八十一年にリリースされた教養文庫版は一年半のあいだに七刷も行われていたとのこと。マイナーな文庫乍ら、それだけミステリファンを惹きつける魅力があったということでしょう。
當然、新本格以降の作品は網羅されていない譯ですが、冒頭の第一巻の「眼」からして、小酒井不木の手になる「按摩」の、讀んだだけで悲鳴をあげたくなるような痛い描写が冴えているのは、流石「カンタン刑」をものにした作者らしいと思ったのは自分だけではないでしょう。
古典的傑作を數多く網羅してあるところも本作の讀み処のひとつで、例えばこれも第一巻の「首」で取り上げられているのは、鮎川哲也の密室ものの傑作短篇「赤い密室」や、高木彬光の「刺青殺人事件」そして「人形は何故殺される」などなど。ネタバレが容赦なく行われているので、未讀の方は充分注意して讀み進める必要があるものの、作品の紹介だけに留まらず、隨所に作者の博識ぶりを思わせる蘊蓄が披露されているところもいい。
その他、トリックの類別をうまく纏めてあるところも本作の特徴で、例えば第三巻の「雪」では、「雪のトリック」と題して、雪を用いて密室を構成する方法から始まり、雪の密室ではお馴染みの足跡トリックについても、別項を設けて詳細な分類を試みているところなど、ミステリを書こうとしている方にもかなり參考になる記述がテンコモリです。
教養文庫版にはない「妖怪学入門」では竜と狐の記述を興味深く讀みました。教養文庫版を持っている人もこの「妖怪学」を目當てに買う價値は十分にあるでしょう。
新保博久の解説は教養文庫版とは異なり、新しく書き下ろされたもののようです。この解説の最後では、「式貴士氏の名前さえ忘れられかけているのだ」と式貴士についても書いているのですが、それによると、式名義の作品で現在入手可能なのは、このブログでも以前レビューしたことのある出版芸術社の「鉄輪の舞」だけとのこと。以前角川文庫でリリースされた「虹のジプシー」をはじめとした式名義の傑作はもう復刻されないのでしょうかねえ。ハルキ文庫あたりが出してくれれば、と秘かに期待しているんですけど、駄目でしょうか。
「鉄輪の舞」のジャケ帯には宮部みゆきのコメントがついていて、今回も卷頭に北村薫との対談と、宮部氏が式貴士のファンであることは間違いなく、またこの解説によれば瀬名秀明も「式貴士、大好きですね」と発言しているっていうんですから、これはもう、復刻するしかないでしょう。
しかし宮部、北村、新保三氏ともに、間氏のもう一つの別名、蘭光生についてはまるでそんなことはなかったかのようにスルーしているのはいかがなものか。対談ではハシャギまくっている宮部氏の口から「私、実は菊島流太郎の大ファンなんですよ」とかいわせてほしかったですよ、……ってそんなことある譯ないか。
教養文庫版を持っている舊来からのファンも、そして式貴士を知らないミステリファンもマストの古典でしょう(寫眞は現代教養文庫版のジャケ。渡辺東のイラストが違います)。