最近はどうも手に取ることもなくなってしまった奧泉光の小説だけども、本書と「葦と百合」、そして「石の來歴」あたりは夢中になって讀みました。
「葦と百合」は意圖的に物語が長くなっているので、ちよっと冗漫かな、という感もあるのだけども、手頃な長さの中編である本作は何度讀み返しても面白いミステリ仕立ての小説。幻想小説という見方もできるだろうけども、手法はミステリのものを借りてきているので、ミステリ好きにも十分愉しめる内容になっています。自分は記憶を巡る物語として讀んでみたので、似ているものと言えば、西澤保彦の「夏の夜会」あたりが近いでしょうかね。
お堅い哲學議論もいいけども、やはり事件が発生したときの記憶を皆が想起しつつ、推理を組み立てていく過程が何よりも面白い。物的証拠に依らず、あくまで皆の記憶を頼りに話が進んでいくものだから、何か判然としない闇のなかを手探りで進んでいくような雰圍氣が小説全体に漂っていて、これが先に述べた饒舌な哲学的議論とも相まって幻想小説として獨特の風格を与えていると思います。また次第に幻想が登場人物たちを侵蝕していくあたりの描写も素晴らしい、……のだけども、何だか「葦と百合」もこれと同じなので、自己模倣というか、そのあたりがちょっと。
「葦と百合」の方がよりミステリ仕立てではあるものの、讀者を選ぶと思います。どちらか、といわれれば、まずは氣輕に手にとってみることが出來る本作をおすすめします。