大石ワールド最新作。ネタの再利用という点では、近作中最強かと思わせる結構がファンにとっては嬉しく、例えば「女奴隷は夢を見ない」の盲目の娼婦、「人を殺す、という仕事」の殺し屋、「アンダー・ユア・ベッド」にも通じるDV旦那の造詣などの大枠のほか、ワンコ好きにはタマらない盲導犬、さらには我が儘なスレンダー美女のディテールなど、自己サンプリングでこれだけの作品を仕上げてしまうという大石的創作技法がイッパイに堪能できる一冊です。
物語は、アマゾンに掲載されているあらすじからだと「姉弟が再び一緒に暮らし始めたとき、さらなる悲劇が幕を開けるのだった…」なんてかんじで、主人公である姉と弟の出逢いが悲劇を引き起こす、みたいな気が滅入るお話を想像してしまうものの、実際の風格はやや異なります。
幼少時代、二人が一緒に暮らしていた幸福なサーカス時代の回想も交えて、姉と弟の現在の日常生活と、二人がお互いに隠している「本業」の秘密が明かされていく、……という展開です。この「本業」の方はまあ、上にも書いたような大石ワールドではお馴染みのものゆえ、そのあたりでもシッカリと読者の期待と欲望に応えてくれます。実をいえば、主人公である二人の造詣からラストはどう考えてたってこれしかありえないでしょッ、と大石ファンのほぼ全員が同じことを考えてしまうのではないでしょうか。
で、そうした読者の期待を絶対に裏切らないのが大石氏で、本作では弟の「本業」に絡めて悲劇的な未来を予感させる引き金が引かれ、それをきっかけに期待通りのラストシーンへとなだれ込んでいきます。これしかありえないというラストと、そこからもたらされる「絶望的なハッピーエンド」、――二人の関係に凝らされたこの結末は「オールド・ボーイ」ながら、その雰囲気は完全に「アンダー・ユア・ベッド」のソレ。「アンダー」のファンであれば、本作のラストは最高に愉しめるのではないでしょうか。
前半はどちらかというと弟の内面に光を当てる描写が際立ち、次第に彼の「本業」が明らかにされていくにつれ、盲目の姉が語り出す幸せな過去が現在の闇をより際立たせるという結構が秀逸で、特に本作ではいつになく過去のエピソードが盛り込まれてい、それがまたサーカスという郷愁を醸し出すネタと見事な親和を見せているところもいい。
自らの体験をベースにセレブな世界を小説に反映させた大石ワールドに「サーカス」というのはちょっと違うんでないノ、と讀み始めたときには感じていたのですけれども、上にも述べたような、過去のエピソードに比重を置いた結構を持たせた本作ではそれがうまい効果を上げているところにも注目でしょうか。
「アバター」と聞くとどうしても「アジャパー」を連想してしまうという昭和脳の自分にとっては、サーカスというと、どうしてもセレブな大石ワールドとは真逆をいく雰囲気を感じてしまうのですけれども、本作に描かれるサーカスはそうした苦悩や苦難とは無縁、祝祭的な煌びやかさに包まれたサーカスの描写、――特に空中ブランコとともに、姉が回想する馬の曲芸のシーンは大変に素晴らしく、印象に残りました。
しかし、DV旦那の「不便な女」と盲目の姉をなじるシーンなど、ファンタジー溢れるサーカスのシーンとは対照的に、イヤっぽい細部のリアリティも半端ではありません。姉の造詣に関しては、これまた大石ワールドらしく、儚げでいながら煙草も吸い、ときには蓮っ葉な台詞を口にするというもので、例によって例によるスレンダーを強調した描写はもとより、メイクやファッションにもセレブなこだわりを見せるところもファンにはもう、たまりません。
今回はエピローグの「絶望的なハッピーエンド」を心から堪能していただきたく、特に「アンダー」が好みというファンには強力にオススメしておきたいと思います。