傑作。角川ホラー文庫のひらがな三文字シリーズながら、今回は「クラニー、どうしちゃったの?」というくらいにシリアスなお話で超吃驚。クラニーらしい笑いの味を効かせた前作品に比較すると、テーマには社会派的な要素まで絡めて大眞面目に話が進みます。勿論クラニー・ホラーならではの祝祭的な大殺戮はあるものの、本作のキモは寧ろ最後のボスキャラとの大決戦。そのため、ホラー的な要素こそいつも通りに活かしてあるものの、伝奇小説のような重厚な風格さえ感じるところが素晴らしい。
物語は、例によってイヤなものが覚醒しそうでヤバい、というところから、またまた例によって次々と不可解な事件が発生するという冒頭の流れは期待通りながら、今回は靈的テロという言葉にも示される通り、この不可解な事件には仕掛け人がいて、その人物の呪詛が日本を崩壊させようとしている。果たして聖域修復師である八神はこの強敵といかに闘うのか、――という話。
今回は、物語の前半からシッカリと八神が関わっていて、件の靈的テロリストの出自も交えて、二人の悲哀の過去が逸話として語られているところなど、「ホラー映画みたいに死体ゴロゴロの殺戮シーンだけ書いて一丁上がり」みたいな明るいノリとは無縁、特に前半では件のボスキャラが日本を呪詛するに至った経緯が平山ワールドや大石ワールドに近接するようなかたちで淡々と描かれているのですけれど、こうした逸話の重ね方は、今までのひらがな三文字シリーズにはアンマリ見られなかったところでしょう。
もちろん件のボスキャラが掲示板に書き込みを行って靈的な呪詛を萬延させようとするもアッサリとあきらめてしまうところなど、クラニーらしい笑いのツボを押さえたシーンもあるとはいえ、今回ばかりはそうしたユーモアもホンの少しだけ。さらにいえば、これまたクラニーらしい、ミステリのアレ系っぽい仕掛けも傍点つきで明らかにされるものの、こちらも伝奇小説的な盛り上げ方を見せる後半の中でさらりと語られるのみにとどめています。
シリーズものとしては、やはり八神の格好良さが格別で、いよいよボスキャラと対峙するため、落雷とともに見事な変身を見せるシーンなど、ホラーというよりは伝奇小説的な盛り上がりを見せるところが秀逸です。
物語の通底するボスキャラと悲哀や、聖域修復師対魔術師という対立構図が醸し出す重厚さとも相俟って、讀後感は例えば半村良の「邪神世界」や高橋克彦の「総門谷」、あるいはそエスニックな魔術師の造詣や日本の神々との戦いといった描写は、中島らもの「ガダラの豚」を彷彿とさせ、――というと褒めすぎかもしれませんが、最後のエピローグのシーンの美しさなど、短くまとめながらも、良質な伝奇小説を読んだあとのような感動と爽快感は、従来のクラニー・ホラーでは感じることのできなかったものでもあり、シリーズものとはいえ新たな読者を開拓できるカモしれない一冊、と言えるではないでしょうか。
「まーた、いつもの皆殺しホラーだろ」なんて思っている角川ホラー文庫のファンにこそ手に取っていただきたい、ホラーから伝奇小説的な領域にまで踏みこんでみせた傑作で、個人的には、ホラー系としてはクラニーの代表作のひとつ、としたいところ。クラニーのファンでしたら文句なしに必読。オススメ、でしょう。